命日のホロスコープから故人のメッセージを読み解く「命日占い」は、西洋占星術師・かげした真由子先生発案の新しい星読みです。その「命日占い」の書籍が2020年6月15日に発売決定!書籍の発売を記念して命日占いを大特集します。
書籍『命日占い』(サンマーク出版)の冒頭100ページ分を
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かげした真由子先生の命日占いは、星読みの知恵をベースに、命日のホロスコープと残された人のホロスコープを読み解きます。
命日占いでは、命日は「もう一つの誕生日」。
かげした真由子先生が独自の解釈を加えて、命日のホロスコープから亡くなった人と残された人との関係性やメッセージを読み解いていきます。
「死」は、私たちにとって受け止めることが難しいものです。
命日占いは、「生も死も人間にとって大切な節目であることを、あるがままに受け止めたい」というかげした真由子先生の祈りの気持ちがベースになっています。
この記事では、かげした真由子先生に「喪失感・喪失体験が心に与える影響」について語っていただきました。
つらすぎる喪失体験は亡くなった人との絆を止めてしまう
私、かげした真由子は、阪神大震災の経験者です。
突然大切な人を失ってしまった人を多く見てきましたし、心理セラピストとしても接してきました。
大切な人を失う喪失体験では、2パターンの心理状態があります。
①亡くなった人との思い出や思い出の品にとどまり続けてしまう
②亡くなった人との思い出や思い出の品を排除してしまう
1つ目は、大切な人を失う喪失体験から、亡くなった人との思い出や思い出の品にとどまり続けてしまうパターンです。
私のクライアントさんの中は、日常生活が難しいほどに、思い出にとどまり続けている方もいらっしゃいました。
また、遺品をかたづけなけれなならないのに、なかなか片付けられない…といったお悩みにも遭遇しました。
思い出や思い出の品を通して故人を偲ぶ気持ちは、基本的は喪失感・喪失体験にそっと触れるという意味では、悲しみを癒やしてくれます。
しかし、日常生活に支障をきたすほどとどまり続けてしまうということが、時として起こります。
2つ目は、大切な人を失う喪失体験から、亡くなった人との思い出や思い出の品を全て排除してしまうパターン。
先ほどのパターンと逆ですよね。
喪失感・喪失体験がつらすぎて、思い出の品をすべて目の見えるところから排除してしまうのです。
大切な人との記憶が頭の隅にあることも、亡くなった人との思い出を思い出すことすらつらすぎて抹消してしまう状態ですね。
2つのパターンは、一見、相反する状態に見えるかもしれませんが、実はどちらも同じ心理状態と言えます。
過去の喪失体験がつらすぎて、悲しみにとらわれ、大切な人を亡くしたその時から時計の針がぴたっと止まってしまっている状態なのです。
現実に目を向けてしまうと、その人の肉体という存在を通して感じることができず、喪失したことを強く感じてしまうので、現実ではなく過去にとどまり続けてしまうのです。
本当は心のなかに二人の絆はあるのに、それを認めると悲しみが大きくなってしまうので、その絆さえなかったことにしてしまう、ということが起こっているのです。
また、亡くなった人との針が止まっているだけではなく、自分の人生の針も止めてしまっています。
これは今を生きている人にとってとてもつらいことです。前に進むことを止めてしまっているのですから。
かげした真由子が考える 喪失感・喪失体験との向き合い方
では、この時計の針が止まってしまっている状態、絆が止まってしまっている状態から、
「思い出しても大丈夫かもしれない」と思えるように、亡くなった人との絆を取り戻すには、どうしたらいいのでしょうか?
もし、これを読んでいただいている方が今まさに悲しみのまっただなかにいらっしゃるのであれば、
死別体験をケアするグリーフケアでは喪失感・喪失体験との向き合い方を知ることができますので、本書の中でも紹介しているこちらの本を手に取られてみても良いと思います。
キャサリン・M. サンダーズ『家族を亡くしたあなたに―死別の悲しみを癒すアドバイスブック 』
ここでは「絆を思い出す」ために何が必要か、をお話させていただきたいと思います。
私には、亡くなった人と今を生きる人の絆を取り戻すことの重要性を感じた出来事がありました。
それは、2011年3月11日の東日本大震災の後、偶然テレビで見かけて知った「思い出探し隊」というボランティアです。
思い出探し隊は、津波で甚大な被害が出た宮城県南三陸町で、がれきや泥の中から回収した写真などを返還する活動を行っていました。
彼らは、10万枚もの写真やアルバムを廃校となっている中学校の教室や廊下に並べ、訪れた人が自分の物を見つけたら、申請して持って帰れるようにしていました。
日本経済新聞電子版:2011年5月28日記事より:https://www.nikkei.com/article/DGXDASDG2800T_Y1A520C1CR0000/
当時は、東日本大震災から2ヶ月ほどしか経っておらず、当然元の生活には戻っていない状態の時期です。
電気や水道といったインフラが復旧していないような状態の中、「思い出探し隊」の活動は行われていました。
危険を冒してがれきの下から思い出の品を探してくること自体、「その活動を行う必要があるのか」「もっと他にすることがあるのではないか」と思われるかもしれません。
しかし、中学校の教室に張り出された写真や、床一面に並べられたアルバムは、東日本大震災で被害に遭っていない、TVで見るだけの私にもぐっとくるものがありました。
ご遺族の方の喪失体験からくる深い悲しみは、想像をはるかに超えるものだったでしょう。
しかし、TVに映る中学校で写真を見つけたご遺族の表情は悲しく、切なさもありつつ、安堵の表情を思い浮かべられていました。
その時、思い出の重要性を痛感しました。
津波で思い出の品を全て失い、残ったのは自分の記憶だけ。
深い悲しみと絶望感は、計り知れないものがあったに違いません。
しかし、がれきの下から出てきたたった一枚の写真がある。
ただそれだけで、ご遺族が亡くなった人との絆を感じることができる。
思い出は、喪失体験で止まってしまっていた絆を思い出すことに役に立つのです。
「ああ、思い出しても大丈夫なんだ」という安堵を、残された人たちへもたらしてくれるものなのだと感じたのです。
『命日占い』は亡くなった人ではなく生きている人のために書いた本
『命日占い』は、亡くなった人のために書いた本ではありません。
この本を読んでほしいのは、大切な人を亡くした今を生きている人。
その人が過去の辛かった喪失体験でから光を見出し、今を生きるために紡いだ物語のような本です。
命日占い、そしてこの占いを広く伝えたいと思って作った書籍を執筆するにあたり、決めていたことがあります。
「徹底的に真摯に、丁寧に、優しく伝えよう」ということでした。
つらい喪失体験も大切な過去なのです。故人との思い出もその人の大切な人生の一部です。
つまり「故人はあなたの一部となって共に在る」ということをお伝えするために書いた本なのです。